大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成10年(受)5号 判決

上告人

亡A相続財産

右代表者相続財産管理人

被上告人

株式会社第一勧業銀行

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

阪口彰洋

米田実

辻武司

松川雅典

四宮章夫

田中等

田積司

米田秀実

西村義智

上甲悌二

藤川義人

松井敦子

浦中裕孝

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告人の上告受理申立て理由について

一  原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  亡Aは、平成元年九月二五日、被上告人に対する四億円の債務を担保するため、原判決別紙物件目録記載の不動産に、極度額四億四〇〇〇万円の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定したが、その設定登記手続はされなかった。

2  Aは、平成七年一月三〇日に死亡した。

3  被上告人は、本件根抵当権について、仮登記を命ずる仮処分命令を得て、平成七年三月二〇日、平成元年九月二五日設定を原因とする根抵当権設定仮登記(以下「本件仮登記」という。)を了した。

4  その後、Aの法定相続人全員が相続の放棄をし、平成八年四月一五日、被上告人の申立てにより、Xが亡A相続財産(上告人)の相続財産管理人に選任された。

二  本件は、被上告人が、本件根抵当権につき、上告人に対し、本件仮登記に基づく本登記手続を請求するものである。原審は、大要次のように判示して、被上告人の請求を棄却した第一審判決を取り消し、被上告人の請求を認容した。

相続財産法人は、被相続人の権利義務を承継した相続人と同様の地位にあるから、被上告人と亡Aとの間に根抵当権設定契約がされている以上、被上告人の請求には理由がある。民法九五七条二項において準用する九二九条ただし書の「優先権を有する債権者」とは相続開始時までに対抗要件を備えている債権者を指すと解すべきであるから、これに当たらない被上告人が登記手続を求める実益はないといえなくもないが、実益がないというのも、飽くまで相続財産法人が存続し、右ただし書が適用される限りにおいてのことにすぎないばかりでなく、抵当権者が抵当権設定者に対して設定登記手続を請求する権利の実現を図ることができるのは当然のことである。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  相続人が存在しない場合(法定相続人の全員が相続の放棄をした場合を含む。)には、利害関係人等の請求によって選任される相続財産の管理人が相続財産の清算を行う。管理人は、債権申出期間の公告をした上で(民法九五七条一項)、相続財産をもって、各相続債権者に、その債権額の割合に応じて弁済をしなければならない(同条二項において準用する九二九条本文)。ただし、優先権を有する債権者の権利を害することができない(同条ただし書)。この「優先権を有する債権者の権利」に当たるというためには、対抗要件を必要とする権利については、被相続人の死亡の時までに対抗要件を具備していることを要すると解するのが相当である。相続債権者間の優劣は、相続開始の時点である被相続人の死亡の時を基準として決するのが当然だからである。この理は、所論の引用する判例(大審院昭和一三年(オ)第二三八五号同一四年一二月二一日判決・民集一八巻一六二一頁)が、限定承認がされた場合について、現在の民法九二九条に相当する旧民法一〇三一条の解釈として判示するところであって、相続人が存在しない場合についてこれと別異に解すべき根拠を見いだすことができない。

したがって、相続人が存在しない場合には(限定承認がされた場合も同じ。)、相続債権者は、被相続人からその生前に抵当権の設定を受けていたとしても、被相続人の死亡の時点において設定登記がされていなければ、他の相続債権者及び受遺者に対して抵当権に基づく優先権を対抗することができないし、被相続人の死亡後に設定登記がされたとしても、これによって優先権を取得することはない(被相続人の死亡前にされた抵当権設定の仮登記に基づいて被相続人に死亡後に本登記がされた場合を除く。)。

2  相続財産の管理人は、すべての相続債権者及び受遺者のために法律に従って弁済を行うのであるから、弁済に際して、他の相続債権者及び受遺者に対して対抗することができない抵当権の優先権を承認することは許されない。そして、優先権の承認されない抵当権の設定登記がされると、そのことがその相続財産の換価(民法九五七条二項において準用する九三二条本文)をするのに障害となり、管理人による相続財産の清算に著しい支障を来すことが明らかである。したがって、管理人は、被相続人から抵当権の設定を受けた者からの設定登記手続請求を拒絶することができるし、また、これを拒絶する義務を他の相続債権者及び受遺者に対して負うものというべきである。

以上の理由により、相続債権者は、被相続人から抵当権の設定を受けていても、被相続人の死亡前に仮登記がされていた場合を除き、相続財産法人に対して抵当権設定登記手続を請求することができないと解するのが相当である。限定承認がされた場合における限定承認者に対する設定登記手続請求も、これと同様である(前掲大審院判例を参照)。なお、原判決の引用する判例(最高裁昭和二七年(オ)第五一九号同二九年九月一〇日第二小法廷判決・裁判集民事一五号五一三頁)は、本件の問題とは事案を異にし、右に説示したところと抵触するものではない。

3  したがって、被上告人には、本件根抵当権につき、上告人に対し、本件仮登記に基づく本登記手続を請求する権利がないものというべきである。

四  以上のとおりであるから、被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、原審の確定した事実によれば、被上告人の請求を棄却した第一審判決は正当として是認すべきものであって、被上告人の控訴を棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井嶋一友 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官藤井正雄 裁判官大出峻郎)

上告人の上告受理申立て理由

第一点 原判決には、大審院判例に反する判断をした違法があり、しからずとするも、民法九五七条、同九二九条についての解釈適用を誤った違法がある。

一 本件は、民法九五七条の規定により相続財産法人に準用される民法九二九条につき、相続開始時点において対抗要件を具備しない根抵当権者が同条但書の「優先権を有する債権者」にあたるか、が問題となる(あるいは、問題とされるべき)事案である。

二 原判決の骨子

原判決は、右の点を消極に解し、「同条(民法九二九条)但書の『優先権を有する債権者』とは、相続開始時までに対抗要件を備えている債権者を指すと解すべきである」としている(原判決四頁六行目以下)。

しかし、相手方の根抵当権設定本登記手続請求については、最高裁判所昭和二九年九月一〇日判決(以下「昭和二九年最判」という)を引用し「相続財産法人は……被相続人を承継した相続人と同様の地位にあるものというべきである」として(同三頁九行目以下)、これを認容するにいたっている。

三 原判決が大審院判例に違背するものであること

1 しかしながら原判決が、相手方が民法九二九条但書の優先債権者には該当しないとしながら、相手方の本登記手続請求を認容している点は、大審院昭和一四年一二月二一日判決(同裁判所昭和一三年(オ)第二三八五号事件、大審院民事判例集一八巻一六二一頁。以下「昭和一四年大判」という)に真向から違背するものである。

すなわち右昭和一四年大判は、限定承認の場合に関してであるが、

① 被相続人が設定した抵当権が相続開始当時未登記であった時は、他の相続債権者及び受遺者に対して抵当権をもって対抗することができず、その結果、

② 当該抵当権者は、他の一般債権とともに債権額の割合に応じて配当弁済を受けるほかはなく、右配当弁済を受けた後は、たとえ全額の弁済を受けられない場合においても、限定承認者に対し右抵当権を行使して残債権の弁済を請求することはできないから、かかる限定承認者に対する登記手続請求をする利益は通常存しない

旨を判示している。

2 本件は昭和一四年大判におけると異なり、相続財産法人に関する事案であるが、原判決が、昭和一四年大判にしたがい、相手方は民法九二九条但書の優先債権者に該当しないとしている以上、既に相続財産管理人による清算手続が開始されている本件では(※)、相手方は、相続財産法人に対し、根抵当権を行使して被担保債権の優先弁済を受けることはできず、本登記手続を請求する利益はないものといわなければならない。

※ 本件では、相続債権者受遺者に対する請求申出の催告の公告が平成八年七月一七日付官報によりなされ、次いで相続権主張の催告の公告が平成八年一二月二七日付官報によりなされている。

なぜなら、相手方につき民法九二九条但書の適用がない以上、相続財産管理人としては、同条本文により、相手方に対しても他の相続債権者と同等の地位において配当弁済をするほかはない。そして、相手方においても、相続財産管理人による配当弁済を受けるか、もしくは一般債権者と平等の立場において債務名義を得たうえ強制執行による債権の満足を得る他はないのであるから、それ以上に、優先権たる根抵当権行使の準備段階である本登記手続請求を認める理由が存しないからである。

むしろ、かかる優先権のない担保権について登記手続請求を認めることは、かえって権利関係を錯綜せしめ、相続財産管理人による清算手続を煩瑣とさせるものであり妥当でない。なぜなら優先権のない担保権についても登記をしなければならないとすると、かかる登記手続を履践する債権者が優先弁済を受けられないまま任意売却による不動産換価に協力することはおよそ考えられないから、相続財産管理人としては、民法九五七条二項、同九三二条により競売に付したうえで配当異議により優先権の存否の確定をはかるほかないのではないかと考えられるが、相続財産管理人による相続財産の換価がほとんど任意売却によりなされている実情にそぐわない迂遠な手順を強要する結果となるからである。

3 前記のとおり、前掲昭和一四年大判は、限定承認の場合に関するものであるが、限定承認による清算手続と相続財産法人によるそれとを区別する合理的理由はない。

そしてかかる理解に立つ限り、相手方はその主張する根抵当権について対抗要件具備を請求する利益を有しないのであるから、本件本登記手続請求は棄却を免れないものというべきである。

四 昭和二九年最判について(上告受理申立人の主張が右最高裁判例に背反するものでないこと)

1 なお原判決は、前記のとおり、昭和二九年最判を引用し、相続財産法人は被相続人を承継した相続人と同様の地位にあるという理由から、相手方の請求を認容している。

しかし上告受理申立人の前記主張は、昭和二九年最判に背反するものではない。以上にその理由を述べる。

2 もとより相続財産法人が被相続人の一般承継人たる相続人と同様の地位にあることについては、上告受理申立人も異論はない。

しかしそのことから直ちに、上告受理申立人が相手方に対し、本登記手続義務を負うとの結論が導かれるわけではない。

3 右昭和二九年最判は、被相続人より不動産の贈与を受けたいわゆる特定物債権者が、相続財産法人との関係では対抗関係に立つものでない旨を判示したにとどまり、相続債権者・受遺者との関係においても、対抗要件なく権利取得を主張しうることまでをも認める趣旨ではないと解される。

4 ちなみに限定承認の場合に関しても、大審院判例は、被相続人からの権利取得者(以下、単に「権利取得者」という)は、限定承認者に対する関係では対抗関係に立つものではないとしながらも、相続債権者等との関係では前記のとおり対抗関係に立つものであることを明言しているのである。

すなわちまず、大審院昭和九年一月三〇日判決(同裁判所昭和八年(オ)第二五九三号事件、大審院民事判例集一三巻九三頁。)は、民法一七七条にいう「第三者」につき、「当事者及びその一般承継人以外の者を総称するとし、限定承認者はこれに含まれないとの前提に立ちながら、他方、相続債権者・受遺者との関係では、「適法な限定承認があった時は相続債権者及び受遺者は相続当時における相続財産についてのみ弁済を受けるにとどまるとともに、この弁済をして剰余を生じない限り『何人も一指を相続財産に染めるを得ない財産状態』が相続開始と同時に当然確立する」と述べ、その結果、財産開始当時未だ対抗要件を具備しない権利の得喪については、相続債権者等に対抗できないとしており、権利取得者と相続債権者・受遺者とが対抗関係に立つことを明言している。

また前掲昭和一四年大判も、権利取得者と相続債権者・受遺者とが対抗関係に立つことを明言している。

5 相続財産法人に関しては、権利取得者と相続債権者・受遺者とが対抗関係に立つかどうか、明言している大審院・最高裁判例は見当たらない。

しかし、限定承認に関する前記各大審院判例が、対抗要件を具備しない権利取得者が相続債権者・受遺者に対抗できないとするところの根拠は、限定承認がなされた場合、その効力は相続開始時に遡り、限定承認者による清算手続は相続開始時を基準時としてなされることになるから、相続開始時点において対抗要件を具備しない抵当権者等は、優先権を主張しえない、というにある。

相続財産法人に関しても、相続人の存否が不明の場合には、相続開始にともない、相続財産は法律上当然に法人となり(相続放棄の場合においてもその効力は相続開始時に遡る。民法九三九条)、その管理清算手続もまた相続開始時点においてなされることとなるのであるから、右各大審院判例が限定承認に関し述べているところは、そのまま相続財産法人についてもあてはまるものである。

また法文上も、限定承認に関する民法九二九条が同法九五七条二項により相続財産法人にも準用されている以上、限定承認と相続財産法人とで、別異に解すべき合理的理由は見当たらない。

6 したがって、これら大審院・最高裁の判例は、権利取得者と、被相続人の一般承継人たる限定承認者及び相続財産法人との関係、及び純然たる第三者である相続債権者との関係を区別し、前者にあっては権利取得について対抗要件を要しないが、後者にあっては相続開始時において対抗要件具備を要する、その立場をとっているものと理解される。

すなわち昭和一四年大判にしたがう限り、本件においても、相手方は、他の相続債権者に本件根抵当権を対抗しえないというべきであるし、かかる結論は昭和二九年最判とも矛盾しないのである。

原判決もこの点については結論同旨である。

7 そうである以上、相手方が本件各不動産について、一般債権者に対し優先権を主張しえない本件においては、前記三に述べたところにしたがい、相手方は、上告受理申立人に対しても、本件根抵当権者設定本登記手続を請求することはできないものというべきであり、かような結論は昭和二九年最判と矛盾・背反するものではない。

なお昭和二九年最判は、結論として、権利取得者よりの登記手続請求を認容している。しかし、右事案は、特定物債権者の登記手続請求に関するものであり、その物じたいの給付によってしか満足を得られない債権である以上、登記手続を請求する利益を有することは当然であって、本件とは事案を異にするものである。

第二点 原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟法違反がある。

一 仮に、相手方が上告受理申立人に対し、実体法上、本登記手続請求をなしうる地位にあるとしても、前記上告受理申立理由第一点の三に述べたと同様の理由により、本訴請求は訴えの利益を欠くから却下されるべきであったはずである。

二 すなわち相手方につき民法九二九条但書の適用がない以上、相手方としては、相続財産管理人による配当弁済を受けるか、もしくは一般債権者と平等の立場において債務名義を得たうえ強制執行による債権の満足を得る他はないのであるから、それ以上に、優先権たる根抵当権行使の準備段階である本登記手続請求を認める理由は存していない。

したがって、相手方が上告受理申立人に対し、実体法上、本登記手続請求をなしうる地位にあるとしても、既に相続財産管理人による清算手続が開始されている現段階において、右本登記手続請求をする利益は存しないのであるから、本訴請求は訴えの利益を欠く不適法なものとして却下されるべきであったものである。

以上に述べたところから、原判決は違法であり、破棄されるべきものであると考えるので、本件上告受理申立に及んだ次第である。

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